2018/10/25
スーツ(プロシュート)
プロシュート兄貴にはどれだけ夢を詰め込んでも全然大丈夫!
だって兄貴だから!
でも意外と適当な服を適当に来ているのにおしゃれ~みたいな気もする。それもいいです。
小話:下のリンクから
クローゼットの中はスーツでイッパイ。
イタリアでもネアポリスはスーツの仕立てが良いことで知られている。
サルトと呼ばれる職人たちが、手作業のフルオーダーで仕立て上げるそれは温暖な気候にふさわしく、限りなく薄手でしなやかな生地を用いたエレガントなスタイルが特徴だ。
緩やかなデザインよりも適度にタイトでセクシーなシルエットをプロシュートは好む。
整然と並べられた靴とシャツ。時計とタイはつけない主義なのでひとつもないが、それを除けばちょっとしたブティック並みの品揃えだ。
彼は満足げに美しい絵画のようなそれらを眺める。
プロシュートはスーツが好きだ。
他の服は身に纏わない。
眠るときは裸で寝る。
パジャマ?あれを着るとどんな男でも馬鹿に見えるから不思議だな。
一度、リゾットが着ているのを見たときは正直目を疑ったが、なかなかアイツはあれで律儀なところがあるから、よく考えればそう意外でもない。きっと親の躾が良かったんだろう。ただ、暗殺チームのリーダーとしちゃあどんなもんか。
まあいい。
そう、プロシュートはパジャマごときでリーダーへの敬意を失うような偏狭な男ではない。仲間の服の趣味にだって寛容だ。
もちろん理想を言えばギャングたるもの、カタギとは一線を画したスーツを着こなし颯爽かつ堂々としていて欲しい。
チームの奴らの風体は確かに、カタギとは一線を画しているが、いささか理想とは方向性が違うようだ。
というより、明らかに何か間違っている。メローネにいたっては何のための露出なのだと心底思う。
いや、見た目がどうだろうと仕事さえ出来りゃ問題ないんだ。
それに関しちゃやつらは信頼できる。男が他人の服装にゴチャゴチャ言うもんじゃあない。どんな奇妙な服装をされようと、悠然と構え受け入れる度量、これが必要だ。
だが己の美学に忠実なプロシュートにとって、仕事仲間と美意識が相容れないことはちょっとした困惑ではある。
肌にヒンヤリとしたシルクの裏地が滑ると、性的興奮にも似た快感と緊張が走る。
ディートリッヒは、メイクがなければ残念なことに私はマレーネ・ディートリッヒではないのだ。と言ったが、誰でも人生の舞台で自分自身を演出するものじゃあないか?
自身の趣味嗜好がどこから生まれてきたものか良く分からないが、何故と問われれば、ただ単純に好きだから、と答えるだろう。
他に理由なんてない。ただ気がつけばそうなっていた。誰かが決めていたみたいに。
意外なことだが、彼は神を信じている。日曜には礼拝に行くし、家には小さな祭壇とキリスト像があって、仕事が終わるたび祈りを捧げる。姦淫するな、隣人を殺すなというような教えは、人間が勝手に考えたのだ、神は何もしてはくれないし、人の理解を超えたところで混沌としているのだと思う。ただそういう絶対的な存在があることが彼を安心させてくれる。そして、十字架に磔られた男の姿は単純に美しくてよい。
そう、優美なスーツは神父にとっての礼服のように、何かの存在に対する彼なりの敬意の象徴なのかもしれない。
ネオンの瞬く、いかがわしくも蠱惑的な界隈を肩で風を切って歩くプロシュートの姿は、数メートルおきに思い思いの媚態を示し鱗粉を撒き散らしている夜の蝶たちが声をかけるのを躊躇うほど圧倒的に魅力的だ。
彼に相手にされる女は、抜きんでた娼婦たちの中でも極めて少ない。売れっ娘の、街に立つ必要など無い女。男が金を積んで順番を待つ極上の女たちが、彼にとっては上客である。女たちは彼のために貴重な時間をあけ、上等のシャンパンと食事を用意して待っている。何も知らない素人の娘や、上流のシニョーラに追いかけられる事もあるが、わずらわしいので結局プロの女が一番好ましい。夜にしか生きられない女の匂いは、人殺しと同じく、黒く甘く光って心安らぐ。
そういえば、新入りを一人任せるとリゾットが言っていたな。一体どんなヤツが来るのやら、一人前になる前に死んだりしないといいのだが。
そうだ、そいつが来たら、まずスーツを仕立てに連れて行こう。始めはあまり奇を衒わないスタンダードなものがいい。楽しみでプロシュートは思わず笑いを漏らす。隣に横たわる女が、珍しいこと、と驚いたふうにその唇をなぞる。
まあ、その新入りが彼の思い通りになるかどうかは、また別の話。