2022年12月

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あとで自分で見る用。色々と雑多に勝手なことをいってます。 お気になさらず。平気でネタバレするよ!

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三井家のお宝、国宝「雪松図」円山応挙

 

日本橋の三井記念美術館で、おめでたいもの集めの展覧会がやっています。
「国宝、雪松図と吉祥づくし」です。

円山応挙先生リスぺクターとして、当然行かねばなのです。
雪松図は見たことあるのですが、何度でも見たいですね!

 

今回は、応挙先生の鶏、中国の文人家族や七福神など計6点が出ていました。
(蓬莱山・竹に鶏図、双鶴図、郭子儀祝賀図、大黒図、福禄寿・天保九如図)
さすがパトロン。
すんばらしいもの持ってます。

「いやいやいやいや、本当にすごい、すばらしい」

「金と墨と白、白泥?胡粉?わからんけど、その3色だけで…この描写」

「近づいてみると、そこまで描き込んでないんだよね。適当にすら見える。でも離れるとすごく精密に見える。見る場所によってすごく違う」

「これは現物を見ないとわからない、ぜんぜんわからない」

「これ見よがしなところがまったくないんだけど、本当に計算されつくしてる」

「品がいい。本当に上品。光がさしてる。この雄鶏と雌鶏なんて、清らな世界のチキン・ジョージとルーシーじゃん」

「賢そう。鶏が。いきものへのリスペクトがある。やっぱりその辺が若冲とは違う。上品」

「若冲はなんていうか、見せ物的だから…」

「大黒様がかわいい。おっさんのいやらしさゼロ。妖精」

「福禄寿もさあ、なんだろうこれ、他の人の絵とぜんぜん違うの」

「…こいぬだ! 応挙先生のこいぬと同じ丸さと顔!」

「本当だ!!!! おじいちゃんもこいぬになってしまう応挙先生…なんて…日本美術史上でやっぱり応挙先生が一番好き!」

「七福神もこいぬのかわいさ…もう、応挙先生は心がきれい。一瞬で清まる」

「雪松図に戻るけど、印象派って絵具の色と見える色に迫っていったら、RGBだったって世界じゃん。寄っていったら見えるものがそれっていう。それが心により違ってくるみたいな。でも応挙先生のこれは墨と金の世界で、寄っていったらRGBじゃなくて違うものが見えるんだよ。世界が変わるんだよ。どこまでいってもその美しい世界があるの。印象派超えてる。すごい」

「いやもう、こんないいもの見せてもらってありがとうございました」

「三井家、北三井家とか南とか室町とか新町とかあるんだね。藤原兄弟4家みたいなやつ?」

「ぜったいヒエラルキーあるじゃん…」

「三井家9人で寄せ書きした掛け軸(朝日鶴亀松竹梅鶯書画)一番えらいやつが真ん中なんだろうな」

「違う三井家9人みんな、名前に高がついてる」

「ミステリだったら殺人が起きるな」

「関係ないけど、沈南蘋の猫のくせの強さ、すごい入ってくるw」「わかるw」

「東博の国宝展よりよかったよ。もっと宣伝していいのに」

「別にこれで儲ける必要ないから、しないんだろうね。住友の泉屋博古館もしないしさ」

「三菱はそこいくとやっぱ宣伝する。明治の成金の感じ。持ってるものもなんか格が違うし」

「文化庁が稼げる文化事業とかいってて絶望したよ。芸術は稼ぐもんじゃない。稼いだ人が採算性度外視でつくらせたり買うもの。美意識とカネのある貴族や財閥を解体したら、国家がそれをやるべきだろ」

「美意識がないからクール・ジャパンとかやるんだろ。日本文化を知らないから。平気で美術館も採算性とかいいだす。大英博物館もナショナルギャラリーも無料だっつうの」

「人から盗ってきて集めた帝国主義のお宝だから、人類としてただで見せようってとこは尊敬するよ、英国。好きじゃないけど」

「守ってもらってありがたいよ。これだって、三井家がお宝を見せてくれてるんだもんね」

「そうですよ。貧乏人が生活の中で一生日常になることのない美を」

「施しですよ」

「施し! それ!」

「ありがたみしかない」

「守っていってほしいね。現代の成金には決してできないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィルハーモニクス2022

 

フィルハーモニクスの来日公演に行ってきました。(2022/12/13@東京芸術劇場)

前回が2018年12月15日でしたから、4年ぶりですね!

いや~書いておくもんです。
4年経ってましたか…
そりゃあ、あれ?前回は指輪まで見えたはずなのに、見えない…目が…ってなるわけです。

その眼にも、やっぱりスーツが似合うなあ!
シュッとしてる!
ジャケットから足しか出てないもの…おしりの影がないもの…
スーツの国の人のフォルムの美しさははっきり見えました。

電子音になれた耳には当初繊細な管弦楽の音が聞き取れなかったのですが、
次第に聞き取れるようになってきて、
なんて美しいんだと「ハコヅメ」交番部長が潜入捜査から戻ってモーツァルトを聞いて泣いたような涙が流れました。


前回、予期せぬケガで不参加だった、ヴィオラの方もいらしてました。
中谷美紀様のご夫君ですね。

友達、「僕は君の運転手じゃないといわれて免許とったんだって」
「なかなか厳しいな。私は運転したら死人を出してしまうから、自費でタクシーにするかも…」
「まあね。でも対等ってそういうことだもんね。そこは対話だからさ。私は電動自転車にするかな」
「そうだね。こっちだってあなたの家政婦じゃないっていう関係っていうことだからね」


バイオリンのノアとセバスチャンも元気でした。
モーツァルトのレクイエムとアレンジしたファルコって何かなと思ったら
「亡くなったファルコへ」という説明があって
あ! ロックミーアマデウスのファルコ? なくなったの?と知りました。

スティングの「イングリッシュ・マン・インNY」で締める素晴らしい演奏会でした。


なんというか、彼らの空気が本当に明るくてとても楽しそうなんですよね。
多分、4年前よりコロナなどあり、日本の状態が悪くなっているせいもあるのですが
文化が生活の中にあるのが当たり前。
それがマウンティングでも特別でもなく、
すべき仕事というだけでもなく、自由な喜びがある
そういう豊かさを感じて、こちらの貧しさが照らし出された感じがしてしまいました。

あの世で30年生きるより、この世で3年生きた方がいいです。