最近読んだもの2

 

「運命と復讐」
ローレン・グロフ 光野多恵子訳 新潮社
 

タイトルの響きが「忍者と極道」っぽいですが、そんなに違わない(意外と)

復讐編の破壊力が凄まじくて面白かったです。
前半の「運命の神々」が夫側から、後半の「復讐の神々」が妻側からの物語です。


売れない役者から劇作家となり成功した夫・ロットは富豪の育ちだが、女の子との問題でブレップスクールに入れられ孤独な少年時代を送る。その後、大学で出会ったマチルドと結婚。マチルドを認めない母から絶縁され貧しい時代を妻に支えられて、悩みながら自分の創作の道を見出していく

だが、ガラスのように純粋で気高い妻だと思っていたマチルドには決して人に言えない過去があった…



「怒り・邪悪」「純粋・優しさ」といった対立する心情が絡みあい溶けあって「愛」になり、その「愛」が性愛/友情/家族/親子の中で互いを刺す。

英語圏の文芸はシェークスピアとギリシア悲劇を出さずにいられないのかと思いますが、そこがやっぱりゆるぎない物語の基礎としてあるのでしょうか。
劇作家の話だから、エラスムス「隻眼の王」とか引用も多い。為になる。

人生を分け合う夫婦の一方から見る世界と、違う世界、アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」の表面と裏面を別の人で見せられた感じでした。

 

ロットがマチルドに使う「受動的攻撃性」という言葉も面白い。
実際はマチルドは能動的攻撃性の人で「今度は私が攻める番」という復讐パートでロット目線からは見えなかった悪意と報復があふれ出すんだけど、ロットを愛する人々の業の深さの曲げられなさは決して不快ではありません。

むしろロットその他「優秀で愛されるいい人」の薄さが人生これでいいのかというか、大勢に愛される強い魅力のある人の内部にはたいてい大きな空洞がある、そこに響く自分の声を人は愛するというその「空っぽ」感が美しいというか哀しい。

ブラックホールは光すら吸い込む密度と重力だけど、その逆で密度も重力もない「自己愛の美しい器」みたいな、アイドルとか推しの空洞性ってそういうものだと思ったりしました(とばっちり)

同性との性愛描写も夫婦ともさらっと出てくるのですが、「相手の肉体よりも、肉体の中に閉じ込められた輝きを得たい」という、性別を超えたところにある行為で、LGBTQ的なカテゴリではないのが良かった。なんかそういう、名前を付けて何かの感情にしてしまうのは逆じゃないのか、その枠を解体したほうが本当じゃないかと常々思う。
性愛=恋愛とは限らないし、そうではない愛も沢山あって特定の物差しでは測れない。

だからチョリーの感情もそういう事ではなくてああいうことでこうなんだな、とスッと入ってくる。

 

 サリーおばさんが一番好きです。こういう地味で独身女性でケア担当みたいだけれどその裏に「眩いばかりの自由」がある人

夫を強く深く愛してはいたが、「彼女の人生そのものの方が、愛よりもずっと大きかった」
けれど彼と出会ったことで「握りしめた拳のような彼女が大きく開いた掌のような人間になった」というのがよかった。

 

あと、『子犬が癒せないものはこの世にほとんどない』真理です。

 

 

『丸い地球のどこかの曲がり角で』の方が美しいのですが、ドラマ的破壊力はこっちのほうが強いので好み次第です。