銀牙伝説



銀牙オリオンからLW読んでます。
 
・世襲の問題
・若手の問題
・ディスコミュニケーション問題
・対話派と武闘派の対立問題
 
 
などなど、問題点が多くてなかなか大変です。
アプリコメントもつまらないという感想がちらほら見られます。
これはまた別に、読者側の
 
・回答を出すまでの思考に耐えられない脳の体力不足における、漫画・アニメ等創作の問題
 
もあります。
一つずつ見ていきましょう。
 
 
・世襲の問題&若手の問題
 
銀牙では、銀は総大将リキの子供ですが、リキが記憶喪失で息子と認識されません。
小隊長ベンの部下として、一兵士から実力を認められ総大将になります。
 
ウィードでは、ウィードは銀の息子ですが、母・桜が放浪中に産まれたため、物語中盤まで銀と会うことはありません。
周囲の「本当に銀の子か」から、実力により認められていきます。
後半のロシア犬戦からは、小鉄が「総大将の身内」を喧伝するように、実力より血筋への尊重への偏向がみられます。
 
オリオンたち兄弟は、最初からウィードの子として奥羽で大事に育てられます。後継者候補として、最初からリーダーの立場を期待され、本人もその意識で周囲へ対します。
そのため自然な実力で認められるというより、周囲から、後を継ぐ者として、幼稚さや暴力性を指摘され矯正を望まれています。
 
 
山彦、ボン、アンディという同世代の友人もいて、彼らは周囲への敬意に欠け、悪い意味で実力主義、感情主義です。年長者をはじめ、あらゆる相手に平気で無礼不遜にふるまい、暴言を吐きます。
ある意味、銀は団塊以前を知る世代、ウィードはロスジェネ、オリオンはネオリベといえます。ウィードは早婚なのでオリオンと周囲の犬もほぼ同世代です。銀の盟友は銀よりだいぶ年上ですね。

 

 

・ディスコミュニケーション問題

 

銀、ウィードでは、「本当の男なら話がわかるはずだ」により、器の大きい犬には皆が当然従い、本当の男なら女性子どもには紳士であり、他者を尊重し、無礼はいさめられ、恥を覚えます。

この「男」は、家父長制における「男」でもありますが、
「弱いものを守るため戦う、まともな尊敬すべき犬」でもあります。
ですから、女性であるクロスも「男」と認められます。そして同時にレディとして尊重されます。これらは矛盾しません。女性には身体的不都合があり、妊孕性を含むその不都合に対し紳士的にふるまうのは嗜みだからです。


これはアクション漫画ですから、「守る」は暴力ですが、現実社会では当然、暴力以外の手段もあり、とくだん男性に限る話ではありません。
「まともで尊敬に値する」相手は、話が通じて当然であり、ディスコミュニケーションも生まれない。
強力なカリスマや道理と知力に秀でた部下、というレジェンド級の美しいヒエラルキーにみなが幸せな古い世界です。

しかし、オリオン世代では、レジェンド世代は年老い、その下に新たな徳をもつ指導者と部下が十分にそだっておらず、若者は「自然と湧き上がる敬意」を感じません。

「男なら○○」
は依然としてありますが、女性子どもに紳士であり、他者を尊重し、器が大きい、といった中身はなく、単に「男なら泣くな!」といった理不尽で表層的で特権の温存と感情の抑圧になっています。
誰もがクロスへ「ババア」という。
かつては、男ならレディへ紳士であると体現していたベンのような存在はいません。

ある種のびのびと自由にものをいえる(サスケが銀に「銀タン」というような)状況でありながら、そのため、ここにおいて、世代差、個人差でのディスコミュニケーションは激しくあります。

つまり、誰もが自分の主張ばかりで人の話を聞かないのです。

 

 

 ・対話派と武闘派の対立問題

 

そして、ディスコミュニケーションの最大が、オリオンとシリウス兄弟の分断です。

赤カブトの子供、モンスーンの復讐に対し、オリオンは絶対殺す派であり、
シリウスは対話する派です。タカ派とハト派です。

シリウスの姿勢は、ほかの犬たちを死に追いやり、周囲は

「こいつは頭がおかしい。どうかしている。話が通じない」と思い、はっきりそれを口にするオリオンとシリウスは強く対立します。


おそらく「オリオン」において、もっとも読者に訴えたのが、カマキリ兄弟の悪を見捨てず、対話し心通じさせるシリウスと赤カマキリの変化だったのでしょう。
その、より大きく困難なバージョンとして、モンスーンとシリウスがあるのだと思います。

「やられたらやり返す」は復讐の連鎖を生む、というシリウスは、理想主義がすぎて、矛盾や仲間の死を生じてしまいます。

一方、「やられたから殺す」のオリオンは、仲間や兄弟にも不寛容で、敬意がなく、暴力的な行為にのみ邁進します。

オリオンとシリウス、どちらも自己主張が強く、周囲の信頼や尊敬に値する行動を選べず、自分勝手ですが、人間世界におきかえれば実にリアルです。
「敵を殺せばハッピーエンド」ではなくなった世界で、どのような未来を選択するのか。




・思考に耐えられない脳の体力不足における、漫画・アニメ等創作の問題

 

さて、「ラストウォーズ」
「イライラする、面白くない」といった読者の感想が目立ちます。
それはそうだろうなあと思います。
漫画やアニメは、単純化した物語で「スカッとしたい」ものですから。

しかし、ではどこで「そうではない物語」を見るのか?という問題があります。

「漫画でくらい難しいことを考えたくない」

という人は、いつどこで難しいことを考えているのでしょうか。
資本主義や民主主義や歴史や社会や戦争や人権や未来について、いつどこで考えているのでしょうか。
たぶん、どこでも考えていないと思います。
普通の人は、ほとんどそういったものを考える機会がないからです。
しかし、「考えない人」は悪い施政者にとって利用しやすい庶民でもあります。
だから、民主主義社会の市民は、ものを考える必要があり、そのために高度な教育が必要なのです。

フィクションはスカッとする娯楽でもありますが、思考実験の側面もあります。
仮の世界で、ある命題に対してどう考えるか、という実験です。

思考実験において、「スカッとする」「エモい」漫画やアニメにしかふれない人は
ものを考える体力がなくなっていきます。
運動しないと筋肉が衰えるように、脳も使わないと衰えます。
エロや都合のいい展開にばかり触れていると、脳がそのような形になります。

現実はそんなに単純で都合のいいものではありません。
脳が単純で都合のいいものに慣れた人は、複雑で厳しい現実を、深く考える必要に迫られると、怒り出します。
自分を気持ちよくさせない、都合の悪い世界に怒るのです。


創作における面倒な思考実験くらい、イライラせずにやってみたらいいのではないでしょうか。